実忠和尚が始めた752年を第1回とすれば今年は1255回目にあたる「お水取り」です。二月堂の焼失や戦時中も続けられていました。境内(二月堂)の井戸(若狭井)から水を汲んで本尊に供える行法から「お水取り」と呼ばれ(正しくは「修二会」と言います。)新暦3月1日から14日まで行われます。昔から奈良に春を呼ぶ行事として広く知られており、二月堂で何が行われているか知らない人でも「お水取りがすむまで、本当の春は来ない」と言うぐらいで、この日を境に暖かくなるという目安にしている人も多いはずです。 

 大きな松明(たいまつ)が二月堂の欄干で振られる「おたいまつ」はテレビ等でご覧になった方も多いと思いますが、今回『なら食』研究会はあまり報道されていない「食」から見た「お水取り」をお伝えすることで、もっと身近に感じて貰えたらと思っています。この時期は、須弥壇を飾る名椿「糊こぼし」という造花をかたどった春の菓子が売り出されます。これからも大事に守って行きたいもののひとつです。
 「お水取り絵巻」を、目を凝らして見ていると、見物の人々が集まる中に、それを当て込んだ飴売りや煎餅売り・担い茶屋・獅子舞・酒盛りで賑わう様子が描かれていて、一般の見物衆に印象深い情景のみを選んで簡略化して描いてあるのです。ここに民衆の「生活」を生き生きと見て取る事ができます。

 修二会に参籠する僧侶を練行衆と呼びますが、その練行衆の「食」についてお話しましょう。
 二月堂の登廊を下ったところに食堂(じきどう)があります。修二会の期間中、一日一回だけ昼にその日の最後の食事をとるのですが、1812年の練行衆日記には、1日と8日は平(ゆば、ごぼう、松茸、粟、水菜)・汁(干し大根、豆腐)・香の物(から漬け、粕漬け)・茶碗(こんにゃく、細がき)・指身(人参、大根、岩茸)、2日と9日は平(ひりょうず、ぜんまい、長いも)・汁(干し大根、わかめ)・香の物・茶碗(氷豆腐、人参、麩)・指身(菜の辛子あえ)と記されています。1815年の二月堂修中献立控には汁(豆腐、かぶら)・味噌汁(人参、山芋)・煮物(ゆば、ごぼう、粟、水菜)・煮物(ごぼう、しいたけ、梅干、みつば等)・おしたし(ヨメナ)・白和え・漬物(大根と瓜)等が記されていて、これら献立を見ていると料理に発酵嗜好品(漬物・醤油・みそ・酒等)が使われていることが解ります。なかなか美味しそうではありませんか。
 満行を迎えた15日には、お酒3升も用意されており、末尾には無事満行を迎えた安堵感が伺える表現があるなど、参籠した練行衆のいきいきとした実像が伝わってきます。また東大寺年中行事の修二会に関する記述には、食料や仏前に供える「大供料」を各地荘園の年貢等で賄っていたとあります。

 「食」が世相の変化によって変わっていくなかで、宗教に基づく年中行事はほとんど変ることなく維持されていると思うのです。「お水取り」は仏の教えを「香水」(こうずい)という水にたとえ、神秘的な作法と、霊験に対する深い信仰の歴史で、確かな実感をもって現在まで受け継がれています。わが国を代表する文化遺産といわれる「お水取り」同様、発酵嗜好品は日本の食の基礎であり、食の文化を支えてきたのです。